20代こそ知るべき、健全な努力と不健全な努力
生きる上で、努力をすることは大前提です。
社会で食っていくには仕事をしなければ給料をもらうことはできません。
好きなことを仕事にするのも努力の上で成り立つ話。
僕たちは子供の頃から頑張ることを教育されていて、無意識に「努力すること」がクセ付いています。
「日本人は働きすぎ」という海外からの声がそれを証明しています。
だから、意識しなくても努力はしちゃっているわけです。
でも、「頑張ること」「努力すること」が美徳とされているが故に、それだけで満足してしまう方も非常に多くいます。
疲労、多忙なことは良いこと。
有り余った元気、暇は良くないこと。
自分のことも相手のこともそういうふうに見てしまうと、「まだまだ頑張らなきゃ」と思ってしまい、結果的に自分の努力の評価を下げることにも繋がってしまいます。
自分への努力の評価が下がれば、自己肯定感も下がる。
過去の僕も「まだまだ頑張らなきゃ」とばかり考えていたので、小説作家をひたすら目指していた9年間は自己肯定感が低く、地獄のような期間でもありました。
自分で自分を認められなければ、苦しいがずっと続くんですから。
努力という、ある種常識的な言葉を僕たちはもっと理解しておく必要があるのです。
目次
不健全な努力
是非覚えておいて欲しいのが、「努力は意識してやることではない」ということ。
「努力できる人になりたい」というようなことをよく聞きますが、先にも言った通り僕たち日本人は過剰なくらい常に頑張っています。
すでに努力しているのに、そんな自分を自分自身が認めていないだけです。
まずは、「自分は良くやっている」というところをしっかり認めてあげた上で僕の話を聞いてください。
努力できる人になりたいと思っている方の多くは、「行動」にフォーカスした考え方をしています。
疲労、多忙を求めているだけの人で、何かやっていないと落ち着かないし、暇であったり疲労を感じていない自分に罪悪感を覚えたり、世の中の社会人と比べて疎外感を覚え、不安になっている傾向があります。
努力=めんどくさくて疲れるもの
というイメージがあるが故に、そうなっていない自分は全く努力できていないというふうに区別してしまうんです。
何かに打ち込んでいる人
ストイックに自分を磨いている人
成果を出している人
そういう人たちを「努力家」だと言い、比較して自分を下に見てしまっています。
もちろん、彼らは努力しています。しかしあなたも努力しているのです。
比較する必要はまったくありません。
ここに陥ると、「頑張ること」「努力すること」が目的になってしまいます。
本来は、何かの目標のための努力のはずです。
そこから意図が逸れてしまうとあなたの頑張りや努力は何の実にもなりません。
不健全な努力とは、「努力にフォーカスした行動」のことです。
健全な努力
どうして「努力できる人になりたい」と思うのでしょうか?
その意図は何か、いま一度考えてみてください。
先にもいった通り、目的が努力することにすり替わっているのなら、その頑張りや努力はあまり実になりません。
ただ疲れて、ただ忙しいだけの人になってしまいます。
傍から見れば「頑張ってるね」と声はかけてもらえるかもしれませんが、最終的に望むものはそこではないですよね。
努力した先の「何か」を手に入れたいから努力できる自分になりたいはずです。
そして健全な努力をしている人は、この「何か」が明確になっています。
ぼんやりとした目標や理想ではなく、明確なものが完璧にある状態だから勝手に頑張るし、勝手に努力できているだけの事なんです。
何のために努力しているのか?
何のためにこの仕事を頑張っているのか?
何のために汗水流しているのか?
まずはそこを明確にして下さい。
目的の無い「とにかくやってみよう」は行動にフォーカスしがちなので危険です。
健全な努力とは、「欲しい成果を手に入れるための行動」のことです。
いかがでしたか?
自分がどっちの努力を意識していて、これから何をするべきか見えてきたでしょうか?
楽して成功できるとは言いませんが、苦しんだからといって成功できるというわけでもないんです。
ここを知って行動するのと知らずに行動するのとでは、成功までに大きな時間の差が生まれてきます。
人生は短い。
より早く成功するために、健全な努力をしてくださいね。
最後まで読んでいただき
ありがとうございました!
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